第2話 自由に向かって
どれくらいの時間、トラックの荷台で揺られているのだろう。
荷台に積まれた直後はあれほど騒いでいた周りの動物たちも、疲れてしまったのだろう、すっかり大人しくなっている。

オレの名前は村上。ある動物園で飼育されていたが、人間のガキに糞を投げつけクビにり、他の動物園に移送されることになったはぐれマントヒヒだ。
「おい、あれ、例のマントヒヒじゃないか?」
移送用のケージに入れられトラックの荷台へと運び込まれたオレを見て、すでに荷台に積まれていたケージの中にいる動物たちが囁きあっている。どうやらオレの考えていた通り、先日の、来園客へ向かってクソを投げるという行為は、周りの動物たちの噂になっているようだ。
オレはケージの中から周りの動物たちを睨んだ。するとやつらは慌てて目を伏せ、トラックの荷台の幌の中には言いようのない緊張感が漂った。しばらくの間その雰囲気を楽しんだ——が、やがてどうでもよくなり、オレは目を閉じた。
暗いトラックの荷台でガタンガタンとただ揺られ続けて数時間。することもなくただケージの中でうずくまっているオレに、目の前に積まれたケージの中から一匹のワタボウシタマリンが話しかけてきた。
「ヘッへッへッ聞きましたよ、“コウイチ”の旦那。人間の野郎に一杯食らわせてやったそうですね」

ワタボウシタマリンは霊長目オマキザル科タマリン属に分類され、体調はだいたい24〜30cmほど、頭の上の綿帽子のようなふわふわとした白い毛が特徴のサルだ。
オレが何も答えないでいるとワタボウシタマリンは揉み手をしながら勝手にしゃべり続けた。
「いや〜、話を聞いたときはスカッとしましたよ。あの人間の、しかもあの憎たらしい子供にクソを投げつけるなんてね! なかなか出来るもんじゃない! 一体どんな気分でした、旦那!?」
旦那? ……よくいるゴマスリ野郎だろう。話をする気もおきない。
「いや〜、その寡黙なところも憧れるなあ! どうですか“コウイチ”の旦那、いっちょアッシを子分にしてもらえないですか!?」
「……悪いけど、他を当たってくれないか」
オレは言った。
だが、ワタボウシタマリンは引き下がらなかった。
「ヘッへッへッ。まあまあ、そう言わずに。アッシは“コウイチ”の旦那に惚れたんだ。どうですか、アッシのこの小っこい体はきっと“コウイチ”の旦那のお役にたちますよ!? “コウイチ”の旦那もいつか——」
「……人間の付けた名前でオレを呼ぶな! オレの名前は村上だ!」
「ヘッへッへッ、失礼しやした、村上の旦那。どうです? ここはひとつ、子分にしてやって下さいよ! アッシには分かるんですよ。村上の旦那は、いつまでも動物園の檻の中で大人しく人間の世話になってるなんて器じゃない! 動物園なんかから脱走して自由になって、そして何かデカイことをやる、村上の旦那はそういう目をしている! アッシは喜んでその手伝いをさせてもらいますよ!」
脱走? 自由?
「何か考えがあるのか?」
そう訊くと、渡辺はニヤリと笑った。
「へい! 村上の旦那!」
脱走……自由……
そんなこと、考えたこともなかった。
だが……真剣に考え始めていた。
「……お前、何ていう名前なんだ?」
ワタボウシタマリンの目が輝いた。
「へい! アッシはワタボウシタマリンの渡辺と申します! 以後、よろしくおたのみ申し上げます……!」
渡辺は両手をついて深々と頭を下げた。

トラックは走り続けている。
渡辺は意外に頭の切れる奴だった。
渡辺は延々と今後の計画を話し続けている。 オレはそれを聞きながら、心の中で繰り返し呟いていた。「自由……自由……自由…………」
渡辺の作戦はオレにはとても考えつかないほど、緻密で大胆なものだった。しかし同時に危険も伴っていた。
簡単に成功するとは思えない。
だが、オレは確かな手応えのようなものを感じていた。
「——以上が、アッシの立てた計画です。全ては、動物園に到着して、一度、檻に投獄されてからです。村上の旦那、何か確認しておきたいことはありますか?」
「いや、大丈夫だ、渡辺」
「ヘッへッへッ、さすがは旦那だ。あとは“自由”に向かって、突っ走るだけですぜ!!」
……“自由”に向かって突っ走る……
そうだ。突っ走ろう!!
トラックが停車した。 動物園に到着したようだ。
トラックの荷台を被う幌の隙間からかすかな光が差し込んできている。どうやらすでに夜は明けたようだ。
「ヘッへッへッ、着きましたね。まずはそれぞれの檻に入れられるはずなので、しばらくして落ち着いてから作戦開始といきましょう、旦那!!」
「ああ、わかった、渡辺」
オレと渡辺はうなずきあった。
ガタン、ガタンと大きな音を出しながら、新しい動物園の職員であろう人間がオレの檻をトラックから下ろした。
そして——

トラックは渡辺を乗せたまま走り去った。
どうやらオレと渡辺の移送先はそれぞれちがう動物園だったようだ。
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荷台に積まれた直後はあれほど騒いでいた周りの動物たちも、疲れてしまったのだろう、すっかり大人しくなっている。

オレの名前は村上。ある動物園で飼育されていたが、人間のガキに糞を投げつけクビにり、他の動物園に移送されることになったはぐれマントヒヒだ。
「おい、あれ、例のマントヒヒじゃないか?」
移送用のケージに入れられトラックの荷台へと運び込まれたオレを見て、すでに荷台に積まれていたケージの中にいる動物たちが囁きあっている。どうやらオレの考えていた通り、先日の、来園客へ向かってクソを投げるという行為は、周りの動物たちの噂になっているようだ。
オレはケージの中から周りの動物たちを睨んだ。するとやつらは慌てて目を伏せ、トラックの荷台の幌の中には言いようのない緊張感が漂った。しばらくの間その雰囲気を楽しんだ——が、やがてどうでもよくなり、オレは目を閉じた。
暗いトラックの荷台でガタンガタンとただ揺られ続けて数時間。することもなくただケージの中でうずくまっているオレに、目の前に積まれたケージの中から一匹のワタボウシタマリンが話しかけてきた。
「ヘッへッへッ聞きましたよ、“コウイチ”の旦那。人間の野郎に一杯食らわせてやったそうですね」

ワタボウシタマリンは霊長目オマキザル科タマリン属に分類され、体調はだいたい24〜30cmほど、頭の上の綿帽子のようなふわふわとした白い毛が特徴のサルだ。
オレが何も答えないでいるとワタボウシタマリンは揉み手をしながら勝手にしゃべり続けた。
「いや〜、話を聞いたときはスカッとしましたよ。あの人間の、しかもあの憎たらしい子供にクソを投げつけるなんてね! なかなか出来るもんじゃない! 一体どんな気分でした、旦那!?」
旦那? ……よくいるゴマスリ野郎だろう。話をする気もおきない。
「いや〜、その寡黙なところも憧れるなあ! どうですか“コウイチ”の旦那、いっちょアッシを子分にしてもらえないですか!?」
「……悪いけど、他を当たってくれないか」
オレは言った。
だが、ワタボウシタマリンは引き下がらなかった。
「ヘッへッへッ。まあまあ、そう言わずに。アッシは“コウイチ”の旦那に惚れたんだ。どうですか、アッシのこの小っこい体はきっと“コウイチ”の旦那のお役にたちますよ!? “コウイチ”の旦那もいつか——」
「……人間の付けた名前でオレを呼ぶな! オレの名前は村上だ!」
「ヘッへッへッ、失礼しやした、村上の旦那。どうです? ここはひとつ、子分にしてやって下さいよ! アッシには分かるんですよ。村上の旦那は、いつまでも動物園の檻の中で大人しく人間の世話になってるなんて器じゃない! 動物園なんかから脱走して自由になって、そして何かデカイことをやる、村上の旦那はそういう目をしている! アッシは喜んでその手伝いをさせてもらいますよ!」
脱走? 自由?
「何か考えがあるのか?」
そう訊くと、渡辺はニヤリと笑った。
「へい! 村上の旦那!」
脱走……自由……
そんなこと、考えたこともなかった。
だが……真剣に考え始めていた。
「……お前、何ていう名前なんだ?」
ワタボウシタマリンの目が輝いた。
「へい! アッシはワタボウシタマリンの渡辺と申します! 以後、よろしくおたのみ申し上げます……!」
渡辺は両手をついて深々と頭を下げた。

トラックは走り続けている。
渡辺は意外に頭の切れる奴だった。
渡辺は延々と今後の計画を話し続けている。 オレはそれを聞きながら、心の中で繰り返し呟いていた。「自由……自由……自由…………」
渡辺の作戦はオレにはとても考えつかないほど、緻密で大胆なものだった。しかし同時に危険も伴っていた。
簡単に成功するとは思えない。
だが、オレは確かな手応えのようなものを感じていた。
「——以上が、アッシの立てた計画です。全ては、動物園に到着して、一度、檻に投獄されてからです。村上の旦那、何か確認しておきたいことはありますか?」
「いや、大丈夫だ、渡辺」
「ヘッへッへッ、さすがは旦那だ。あとは“自由”に向かって、突っ走るだけですぜ!!」
……“自由”に向かって突っ走る……
そうだ。突っ走ろう!!
トラックが停車した。 動物園に到着したようだ。
トラックの荷台を被う幌の隙間からかすかな光が差し込んできている。どうやらすでに夜は明けたようだ。
「ヘッへッへッ、着きましたね。まずはそれぞれの檻に入れられるはずなので、しばらくして落ち着いてから作戦開始といきましょう、旦那!!」
「ああ、わかった、渡辺」
オレと渡辺はうなずきあった。
ガタン、ガタンと大きな音を出しながら、新しい動物園の職員であろう人間がオレの檻をトラックから下ろした。
そして——

トラックは渡辺を乗せたまま走り去った。
どうやらオレと渡辺の移送先はそれぞれちがう動物園だったようだ。
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Edit 08:00 | Comment : 4 | Top
ああ、これこれ。この感覚^^
なつかしいです、この、なんとも言えない、哀愁を帯びた「残念」。
村上につきまとう「残念」の嵐。
通りすがりのお節介な不幸。
ああ、たのしいな♪
絵も、話の雰囲気と絶妙にマッチしてて、最高です。
本当に描き始めて間もないんですか??
さらにグレードアップした新マントヒヒ村上。次回も楽しみです^^
なつかしいです、この、なんとも言えない、哀愁を帯びた「残念」。
村上につきまとう「残念」の嵐。
通りすがりのお節介な不幸。
ああ、たのしいな♪
絵も、話の雰囲気と絶妙にマッチしてて、最高です。
本当に描き始めて間もないんですか??
さらにグレードアップした新マントヒヒ村上。次回も楽しみです^^
このイラストが何とも言えない味がありますね。
報われぬ男「村上」のハードボイルドさが光ります。
早く新エピソードと新作イラストを目にしたいなわくわく。
報われぬ男「村上」のハードボイルドさが光ります。
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