| 第1話 オレは見せ物 第2話 自由に向かって 第3話 デビュー 第4話 同居人(猿) 第5話 満月の夜に 第6話 大人の自覚 第7話 誇り高き種族 第8話 尊重すべき他種の習性 第9話 感謝の気持ち 第10話 安眠の呪文 | 第11話 高貴なる種族 第12話 嘆きのマントヒヒ 第13話 夢破れ、立ち上がり…… 第14話 運命 第15話 種を越えた友情 第16話 流行に縛られる人間たち 第17話 斜め45度 第18話 守る者、守られる者 第19話 派手顔 第20話 万田・ホスト編 その1 想いを… | 第21話 万田・ホスト編 その2 入店 第22話 万田・ホスト編 その3 洗礼 第23話 万田・ホスト編 その4 足掛かり 第24話 万田・ホスト編 その5 頂点 第25話 万田・ホスト編 最終回 ホスト王 第26話 美人すぎる○○ 第27話 心に愛を 第28話 Twitter その1 第29話 Twitter その2 第30話 coming soon | 第31話 coming soon 第32話 coming soon 第33話 coming soon 第34話 coming soon 第35話 coming soon 第36話 coming soon 第37話 coming soon 第38話 coming soon 第39話 coming soon 第40話 coming soon |
第29話 Twitter その2

「なになに……へえ、このサル、マントヒヒっていうんだって」
——今日もオレは檻の中、動物園を訪れる客どもに見物されながら過ごしている。
「名前の由来は……“マントを羽織っているような姿のヒヒ”だから……なるほどねえ。ん? おっと、メールだ」
鉄格子を挟んで目の前にいる客はオスの人間二人組。各々手に最新の移動体通信機器(ケータイ? スマホ? まあどっちでも同じだが)を持っている。まったく、動物を見にきたのかケータイをいじりにきたのか……。
現在の人間というのは皆あの機械の魔力に縛られて生活しているな、そう思った。どんなときでも、片時も、携帯電話を手放さない。携帯電話に触れていないと、どうにかなってしまうらしい。
「そういえばさ、知ってる?」
一人が、横にいるもう一人に話しかける。
「いまや日本におけるインターネット利用者の数は9000万人を越え、普及率は80%に届こうとしているそうだぜ」
インターネット利用者の数は9000万人以上? 普及率は80%? ふーん。
この国にどのくらいの数の人間が生息しているのかは知らないが、きっとかなり多くのやつらがパソコンやら携帯電話を持ち、現実世界とインターネットという異次元の世界、二つの世界を生きている、そういうことなのだろう。
まあそんなのは、文明などとは無縁でそのうえ動物園の檻の中で飼育されている身分のオレたちサルには関係のないこと——
「炎上してるんですけどー!! っていうかまたあたしのツイッターが炎上してるんですけどー!!」

——ではなかった。
ここに一頭、現実世界とインターネットの世界、二つの世界を生きているサルがいた。同じ檻の中、一緒に飼育されているメスマントヒヒのかず子だ。
一昨日のことだ。近づき防止の柵を乗り越えて(きっと写メでも撮ろうと思ったのだろう)檻に近づいてきたバカな客の人間が、うっかり手をすべらせ檻のすぐ前で落とした携帯電話、かず子はそれを、目にも止まらぬスピードで鉄格子の間から手をのばし、拾い上げたのだった。
落とし主はなぜ回線を止めないのか(それとも落としたことに気付いていないのか?)など疑問はあるが、いまやかず子はツイッターのアカウントまで取得し、楽しいケータイライフを送っていた。
ところが……
「炎上してるんですけどー!! っていうかもうこれで5回目の大炎上なんですけどー!!」
さっきからかず子は携帯電話を手に喚き続けている。
……炎上だって? どれどれ……
オレはかず子の肩越しに、携帯電話の画面を覗き込んでみた。
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![]() | watabo-sitamarin渡辺 あーあ。こりゃ祭りになるな。RT@mantohihikazuko:っていうかイケメンはみんなフォローしてねみたいなー!wブサメンはお断りみたいなー!w 11分前 |
![]() | abisiniankorobusu阿部 @mantohihikazuko バーカ!おいマントヒヒ。お前そのツラでよくそんなこと言えるな! 12分前 |
![]() | geradahihiゲラダン まだネット上でこんなこと言っちゃうやついるんだな。RT@mantohihikazuko:っていうかイケメンはみんなフォローしてねみたいなー!wブサメンはお断りみたいなー!w 12分前 |
![]() | gorilla-gorilla-gorilla剛田 @mantohihikazuko バーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブースバーカブース! 13分前 |
![]() | shirogaosaki白田 @mantohihikazuko とても不愉快です!ネットの世界にもマナーはあります!それを守って書き込んだらどうなんですか? 13分前 |
なるほど。炎上、か。
「っていうか何ですかこいつらみたいなー!! 何でこんなにあたしに文句言ってるんですかみたいなー!!」
かず子以外にもツイッターを利用しているサルがいたことも驚きだがそれはさておき……
オレはツイッターどころかインターネットそのものがよくわからないが(当然だろう? オレはマントヒヒなのだから)、傍から見ているとこの“炎上”というのは、かず子の発言に対して批判や苦情のコメントが殺到すること、というもののようだ。かず子はツイッターを始めた一昨日から今日までのわずか三日間で五回も炎上騒ぎを起こしていようだが、これはかず子のツイートがそれだけネットの世界で顰蹙(ひんしゅく)を買っているということではないだろうか。
かず子はオレが肩越しに覗いていることに気付きもせず、
「っていうかムカつくんですけどー!! こいつらムカつくんですけどー!!」
と頭を掻きむしりながら叫んだ。
そして、カチャカチャと携帯を巧みに操作して、反論のツイートを投稿した。
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![]() | mantohihikazukoかず子 っていうかあんたたち寄ってたかっていいかげんにしろみたいなー!このブサメンサルどもがー! 1分前 |
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「っていうかこれでこいつらも黙るみたいなー!」
かず子はそう言うが……これではかえって逆効果じゃ……
「っていうか……ええっ!? ちょっとちょっとちょっとーみたいなー!!」
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![]() | watabo-sitamarin渡辺 @mantohihikazuko:調子のってんじゃねえぞ、お前。鏡を見ろ、鏡を。 1分前 |
![]() | abisiniankorobusu阿部 どのツラぶらさげてそんなことほざいてんだ!?このクサレマントヒヒが!! RT@mantohihikazuko:っていうかあんたたち寄ってたかっていいかげんにしろみたいなー!このブサメンサルどもがー! 1分前 |
![]() | geradahihiゲラダン これだからネット初心者は……こりゃ炎上確定だな。RT@mantohihikazuko:っていうかあんたたち寄ってたかっていいかげんにしろみたいなー!このブサメンサルどもがー! 1分前 |
![]() | gorilla-gorilla-gorilla剛田 @mantohihikazuko ブサメンとかw薄汚いマントヒヒの口からブサメンとかw 1分前 |
![]() | mantohihikazukoかず子 っていうかあんたたち寄ってたかっていいかげんにしろみたいなー!このブサメンサルどもがー! 2分前 |
「炎上してるんですけどー!! っていうかさらに炎上してるんですけどー!!」
そりゃそうだろうな。あれじゃあ火に油を注いだようなモンだ。インターネットがわからないオレにだって、それくらいはわかる。
かず子はその後も、ツイッターに反論を投稿——火災に燃料を投下——し続けた。
「っていうか……この……っていうか……ああ! ツイートすればするほど大炎上するんですけどー!!」
インターネットの世界か……なるほど、それは、お互いに顔が見えないからこそ誰とでも気軽にコミュニケーションを楽しむことができ、お互いに顔が見えないからこそ、実生活と同じ、いやそれ以上のマナーを必要とする、そういう場所なのだろう。
……野生での暮らしから離れ(人間によって離され)、檻の中で暮らすオレたち。群れという集団での生活から離れて久しいオレたち。他者とコミュニケーションをとるという機会を失い、その能力が薄れてしまったオレたちにとって、インターネットとは少々危険な世界なのかもしれないな……
そんなことをオレが考えていたときのことだ。
鉄格子のあちら側からオレたちを見物している二人の人間が、こんなことを話し始めた。
「そういえばさ、オレ、職場の人間関係に悩んでてさ、この前『Yahoo! 知恵袋』で相談したらさ、ケッコー気が楽になってさ……」
やふーちえぶくろ?
よくはわからないが、きっとそういう名前のサイトがあるのだろう。目の前の人間の話によると……なになに、そのサイトは、疑問や悩みを抱えている人間が質問をしたり、それに対して答えを知っている者が教えてあげたりアドバイスしたり、というサイトらしい。
なるほど、インターネット上にはそんな便利なサイトがあるのか……ん?
そんなサイトがあるのなら——
「なあ、かず子」
オレは、さっきから相変わらず頭を掻きむしり火災に燃料を投下し続けているかず子に声をかけた。
「っていうか何ですかみたいなー!! こちとらこのふざけたツイッターの住人どもを黙らせるのに忙しいみたいなー!!」
「ま、まあ、聞けよ、かず子」
オレはかず子の正面にまわり込み、腰を下ろして言った。
「いいか、かず子。お前はまだ、インターネットの世界がどんなものなのか、ツイッターというものがどんなものなのか、しっかり理解できていないと思うんだ」
「……っていうか……」
かず子は不貞腐れたような顔でうつむいた。
「いい考えがあるんだ、かず子。その携帯電話で『Yahoo! 知恵袋』というサイトにアクセスしてみろよ。そしてそのサイトで、相談してみるんだ。『ツイッターでの他者との接し方を教えて下さい』ってな」
「……………………」
「さあ! かず子!」
かず子は渋々、携帯電話を操作し始めた。
オレはホッと息をついた。……やれやれ、まったく世話が焼けるぜ。でもまあ、これで大丈夫だろう。オレはインターネットのことは何も教えてやることはできないが、きっと親切などこかの誰かが、かず子にネット上でのマナーを、ツイッターとの正しい付き合い方を、教えてくれるだろう……そう思っていると——
「っていうか何ですかこれみたいなー!!」
かず子が突然叫んだ。
オレはかず子の携帯電話の画面を覗き込んだ。
![]() | ツイッターでブサメンどもがよってたかって…… mantohihikazuko さん |
ツイッターで文句垂れてくる能無しブサメンサルどもがムカつきます。どうすればいいでしょうか?
回答数:449
閲覧数:453
2011/5/24 10:20
![]() | watabo-sitamarin さん |
そのセリフが敵を作っていることに気付け。
2011/5/24 10:22
![]() | abisiniankorobusu さん |
おいエテ公。お前インターネットがどういうものか理解してるのか? お前の発言は全世界に公開されてるんだぞ。
2011/5/24 10:22
![]() | geradahihi さん |
お前ツイッターでも炎上させてただろ。ここも炎上させたいのか? この放火魔が。
2011/5/24 10:22
![]() | gorilla-gorilla-gorilla さん |
今度の祭り会場はここか?
2011/5/24 10:22
![]() | shirogaosaki さん |
最近、あなたみたいな心ない発言をネットでする方が多いですね。まず、自分がそれを言われたらどう思うか、そこを考えてみては?ツイッターは便利で楽しいものですが、ここのところ炎上騒ぎが非常に多いですね。一般人だけじゃなく、スポーツ選手、芸能人、政治家、あらゆる職業の方が軽々しいツイートをして騒がれています。有名、無名を問わず、ネット上の発言は世界に向けて発信されています。それをよく考えましょう。それができないのなら、やめちまえ。
2011/5/24 10:22
「炎上してるんですけどー!!!!『Yahoo! 知恵袋』までもが炎上してるんですけどー!!!!」
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Edit 08:00 | Comment : 4 | Top
第28話 Twitter その1

ひとつ、忠告しておこう。動物園へ来たときは、動物の檻に、とくにオレたちサルの仲間の檻には、あまり近づきすぎないほうがいい。
基本的に動物園というところでは、動物たちの檻の前には柵があって檻の鉄格子に触れられるほど近づくことは出来ないようになっており、客の人間たちは柵の外、だいたい檻から1mほど離れたところから、展示動物を観賞する。
だが客の中にはごく稀に、(いったい何の使命感にかられたのかは知らないが)柵を乗り越えてまで檻の鉄格子に近づき、格子の間から中にいる動物にカメラのレンズを向けるようなやつがいる。そんなときそいつが、手にしている大切な物をうっかり落っことしでもしたら——オレたちサルの檻の前でそんなことが起ころうものなら——客の人間が「あっ」と思うその前に、“それ”はオレたちの檻の中に入ってしまっている。自分でいうのも何だが、オレたちサルの反射神経の良さ、それに手癖の悪さときたら、動物界イチだからな。
わかるか? 大事な物を盗られたくなかったら、オレたちの檻には近づかないことだ。
「何をやってるんだ、かず子?」
エサを食べる手を休め、オレは同じ檻の中で暮らすメスのかず子に声をかけた。

かず子はエサも食べずに、先ほどから檻の隅っこでこちらに背中を向けている。
「かず子、エサは食べないのか?」
「…………………」
オレの声が聞こえなかったのか、かず子はこちらに向けた背中を丸め、返事もせずに何かの作業に没頭している。
「かず子、いったい何を……」
言いながらオレは、背後からかず子の肩越しに覗き込んだ。
「なっ!? か、かず子、そ、それは……!」
驚いた。
かず子が手にしている物、それは——

「け、携帯電話……!? かず子、どこでそんな物を!?」
かず子が振り返って言った。
「拾ったんですけどー!」
拾った?
……ああ、なるほど。きっと調子に乗ったバカな客が、携帯のカメラで写メを撮ろうと柵を乗り越えて檻に近づき、そこでうっかり手を滑らせて携帯を落とし、それをかず子に拾われてしまったのだろう。
かず子のことだ、おそらく携帯が客の手から離れた瞬間、目にも止まらぬ早さで鉄格子の間から手をのばして“獲物”を掴んだはずだ。バカな客は驚くヒマも無かったことだろう。
「へええ、携帯電話をゲットしたのか」
携帯電話……檻の外で客の人間が手にしているのは毎日見るが、こんなに間近で見るのは初めてだ。
「オレにも見せてくれよ、かず子」
そう言って手を出そうとすると、かず子は鋭い目でオレを睨んだ。
「っていうかダメなんですけどー!」
「なんだよ、かず子。見るくらいいいだろう? ケチケチするなよ」
「っていうかそういうわけにはいかないんですけどー!」
かず子は携帯電話を両手でしっかりとにぎり、それをオレから隠すように、背中を向けた。
「コレにはあたしの大切な個猿(個人)情報がたくさん入っているんですけどー!!」
……“あたしの”個猿情報……?
「おいおい、かず子……その携帯電話に入っているのは“持ち主の人間の”個人情報だろう? “お前の”個猿情報なんかがソレに入ってるはずが無いだろう?」
「書き換えたんですけどー! そしてメアドも変更したんですけどー!!」
…………………………。
本当なのか……? かず子にそんなことが出来るのだろうか……動物園の檻の中で飼育されている一頭のメスのマントヒヒに……?
かず子は再び、オレに背中を向けたまま何かの作業に没頭し始めた。そのあまりの熱中ぶりが気になったオレは、先ほどのようにかず子の肩越しに覗いてみた。
オレは自分の目を疑った。
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![]() | かず子 @mantohihikazuko ○○動物園 ツイッターデビューしちゃいましたwフォローしてくれたらフォロー返すよ! |
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![]() | mantohihikazukoかず子 マジパネエひまなんですけどーなう 11分前 |
![]() | mantohihikazukoかず子 どっかにイケメンいませんかーなう 15分前 |
![]() | mantohihikazukoかず子 ちょwまじひとりごとwなう 35分前 |
![]() | mantohihikazukoかず子 初つぶやきなうw 50分前 |
ツイッター……
檻の前で客の人間が噂しているのを聞いたことはあるが……マントヒヒでもアカウントは作成できるものなのだろうか……?
あっけにとられているオレをよそに、かず子はツイートに勤しんでいる。
「っていうか楽しいんですけどー! ツイッター、マジパネエ楽しいんですけどー!」
……まあ、インターネットは世界中、誰に対しても開かれているものだ。マントヒヒにだってそれを楽しむ権利くらいあってもいいよな……そんなことを考えていると——
「っていうか何ですかこれみたいなー!!」
かず子が突然大声をあげた。
何事かと、オレはかず子の手にしている携帯電話に目を向けた。
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![]() | watabo-sitamarin渡辺 こいつ、こんなこと言ってる。RT@mantohihikazuko:っていうかサルはイケメンしか価値ないってカンジなんですけどーwあたしにふさわしいイケメン、待ってるんですけどー!w 11分前 |
![]() | abisiniankorobusu阿部 @mantohihikazuko バーカ!ブース!お前じぶんの顔、鏡でみたことあんのか? 12分前 |
![]() | geradahihiゲラダン たった今、こいつは全世界のオスザルを敵にまわした。RT@mantohihikazuko:っていうかサルはイケメンしか価値ないってカンジなんですけどーwあたしにふさわしいイケメン、待ってるんですけどー!w 12分前 |
![]() | gorilla-gorilla-gorilla剛田 @mantohihikazuko お前、初心者か?ネットでそういうこと言うと大変なことになるぞ。 13分前 |
![]() | shirogaosaki白田 @mantohihikazuko あなたみたいな考え方、大嫌いです! 13分前 |
かず子の携帯電話の画面は、かず子の心ないツイートに対する非難のツイートで埋め尽くされていた。
「炎上してるんですけどー!!!! っていうか炎上してるんですけどー!!!!」
その手軽さゆえにほんの軽い気持ちで書き込んだ言葉が、一瞬にして多くの敵を作り上げてしまう——
インターネットの世界の恐さを、この日オレは目の当たりにした。そして——
かず子の他にもたくさんのサルがツイッターのアカウントを持っていたことに驚いた。
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第27話 心に愛を
「リンゴ食べたいんですけどー! っていうかリンゴをもっと食べたいんですけどー!!」
……また始まった。
「リンゴ食べたいんですけどー!! っていうかそこにあるリンゴが欲しいんですけどー!!」
エサの時間はいつもこうだ。

一緒に飼育されているメスマントヒヒのかず子(25歳、人間でいうと約60歳)は、飼育員によって自分のエサが用意されると真っ先に好物のリンゴを平らげ、まだ足りないと、オレの分のリンゴを指差し「食べたい、食べたい」と喚くのだ。
やれやれ、まったくガキでもあるまいし……。
「なあ、かず子。わがままはよくないな」
オレはかず子へと振り返り、出来るだけ優しい口調で諭した。
「自分の好物はすぐに食べないで、最後のお楽しみに残しておいたらどうだ。オレはいつもそうしているぞ。わかるか?」
「っていうかリンゴ食べたいんですけどー!!」
オレの言葉を「っていうか」のひと言で片付け、かず子は喚き続ける。
「そのリンゴを食べたいんですけどー!! そこにあるリンゴを食べたいんですけどー!!」
「……これはオレのリンゴだからダメだ。自分の分を食べてしまったのなら、我慢するしかないな」
「っていうかそのリンゴ食べたいんですけどー! そのリンゴを黙ってあたしによこせばいいんですけどー!!」
「……おい、かず子。わがまま言うんじゃない。『欲しいからよこせ』なんて、サルの世界じゃ通用しないぞ」
「っていうか献上しろって言ってるんですけどー!! そのリンゴをあたしに献上しろって言っているんですけどー!!」
献上、ときたか……フフ……
「てめえ、このメスザル!!」
キレた。
オレは立ち上がって吠えた。
「オスのオレに向かって『献上しろ』だと!? 世の中ナメてんじゃねえぞ!!」
「村上がキレてるんですけどー!! っていうか村上がキレてるんですけどー!!」
「このアマがぁ……!!」
オレは犬歯を剥き出しにしてかず子をにらみつけた。
「落ち着けよ、村上!」
興奮しているオレの耳に、左どなりの檻で飼育されているマンドリル、万田の声が飛び込んできた。

「どうしたんだよ、村上。何をそんなに興奮してるんだ?」
「ああ、万田……」
「っていうかリンゴが足りないんですけどー!! そのリンゴをさっさと差し出せってカンジなんですけどー!!」
「ああ、なんだ、またかず子が騒いでるのか。で、それにイラついて村上までキレてるってわけか」
「ああ。まあ……そうなんだ」
オレは万田の檻へ歩み寄り、鉄格子の前に腰を下ろした。
「みっともないところを見せたな、万田。まったく、かず子ときたら、オレが何か言うたびにいちいちヒステリックに騒ぎやがる。おかげでオレの檻の中はいつもいつも——」
「ハハハハ、かず子ほどのわがままなメスはそうはいないからな、まったくお前は大変だと思うぜ」
万田は笑いながら、鉄格子を挟んでオレの正面に座った。
オレは腹にたまっているムカつきを、万田に向かってぶちまけた。
「くそ! オレも野生の頃はボスとして10数頭の群れを率いていたけど、これほどのわがままなメスははじめてだぜ!」
「ああ、そうだろうな、わかるぜ、村上」
万田はうんうんと頷きながら、オレの愚痴を聞いてくれた。
しばらくの間「うん、そうだな、わかる、わかる」と穏やかな表情でオレの話を聞いていた万田だったが、「でもな、村上、ちょっとオレの話を聞いてくれるか?」と言うと、その顔が真剣なものになった。
「お前の気持ちはよくわかるぜ、村上。でも聞いてくれ、親友としてこれだけは言っておくぜ。……興奮してるやつに対してキレても、物事は何も解決しない。むしろそれは一番まずいやり方だ」
「一番まずい……?」
「ああ。なぜなら怒りは相手のさらなる怒りを生み、そしてその怒りはやがて憎しみへと変化していくんだからな。人間の世界を見てみろよ、村上。怒り合い、恨み合い、憎しみ合って、もはや収集のつかないことになっているだろう?」
「……………………」
黙ったままのオレに、万田は厳かな目を向けて言った。
「かず子のわがままにキレて怒りをぶつけるなんて——村上、今のお前は、人間たちとなんら変わらないぜ!」
「なっ……!」
万田の言葉に、オレはハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けた。
オレが人間と変わらない……人間たちと……あの、人間たちと!?
頭が真っ白になった。オレは両手を地面につき、ガクリと項垂れた。
「村上」
頭の上から、万田の声が聞こえる。
「なあ、村上。人間というやつらは、何でも創り出すことができる優れた脳ミソを持っていながら、一番簡単につくることができるはずの“平和”というものをつくることができないんだ。なぜかわかるか?」
「……………………」
万田の問いかけに、オレは何も答えなかった。いや、答えることができなかった。何も言葉が出てこなかった。
「わからないか、村上。なぜ人間が、平和をつくることができないのか。それはな……あいつらの心に、“愛”が足りないからだよ!」
「心に——」
辛うじてつぶやいた。
「“愛”が……?」
「そうだ。全ての人間が、心にたくさんの“愛”を持って、相手を赦し、包み込んでやれば平和など簡単につくることができるんだ。なぜなら、“愛”は怒りや憎しみを溶かすパワーを持っているんだからな。人間どもは、それに気がついていないんだ」
「相手を赦し、包み込む……」
「人間は愚かだ。あの優れた脳ミソを誤ったことにしか使うことができない。なあ、村上——」
万田は鉄格子の間から手をのばしてきて、オレの肩をポンポンと優しく叩いた。
「オレたちマンドリルやお前たちマントヒヒは、いま自然界ではどんどんその数を減らし続けている。人間たちに自然を壊され、住む場所を失っているからだ。そのオレたちが、人間と同じようにくだらない感情に任せてケンカをするなんて、こんな馬鹿げたことは無いじゃないか」
「万田……」
オレは顔を上げ、万田の目を見た。
「……そうだな、万田……その通りだな」
万田は立ち上がると、鉄格子の向こう側からオレとかず子に向かって、大きな声で言った。
「村上! それにかず子! サルの種類なんて関係ない、オレたちはみんな仲間だ、そうだろう! オレのこのあふれる愛で、お前たちを赦し、包み込んでやる!」
かず子が叫んだ。
「っていうかマンドリルの分際でこっちの檻を見ないでもらいたいんですけどー!!!!」
「ンだとコラァ!!!! マントヒヒごときがマンドリルをナメんじゃねえぞ!! 絶滅させられてえのか、てめえら!!!!」
万田は鉄格子を両手で掴んでグイグイと揺らし、かず子と、そしてなぜかオレを激しく威嚇した。

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……また始まった。
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エサの時間はいつもこうだ。

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やれやれ、まったくガキでもあるまいし……。
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「自分の好物はすぐに食べないで、最後のお楽しみに残しておいたらどうだ。オレはいつもそうしているぞ。わかるか?」
「っていうかリンゴ食べたいんですけどー!!」
オレの言葉を「っていうか」のひと言で片付け、かず子は喚き続ける。
「そのリンゴを食べたいんですけどー!! そこにあるリンゴを食べたいんですけどー!!」
「……これはオレのリンゴだからダメだ。自分の分を食べてしまったのなら、我慢するしかないな」
「っていうかそのリンゴ食べたいんですけどー! そのリンゴを黙ってあたしによこせばいいんですけどー!!」
「……おい、かず子。わがまま言うんじゃない。『欲しいからよこせ』なんて、サルの世界じゃ通用しないぞ」
「っていうか献上しろって言ってるんですけどー!! そのリンゴをあたしに献上しろって言っているんですけどー!!」
献上、ときたか……フフ……
「てめえ、このメスザル!!」
キレた。
オレは立ち上がって吠えた。
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「村上がキレてるんですけどー!! っていうか村上がキレてるんですけどー!!」
「このアマがぁ……!!」
オレは犬歯を剥き出しにしてかず子をにらみつけた。
「落ち着けよ、村上!」
興奮しているオレの耳に、左どなりの檻で飼育されているマンドリル、万田の声が飛び込んできた。

「どうしたんだよ、村上。何をそんなに興奮してるんだ?」
「ああ、万田……」
「っていうかリンゴが足りないんですけどー!! そのリンゴをさっさと差し出せってカンジなんですけどー!!」
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「ああ。まあ……そうなんだ」
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「ハハハハ、かず子ほどのわがままなメスはそうはいないからな、まったくお前は大変だと思うぜ」
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オレは腹にたまっているムカつきを、万田に向かってぶちまけた。
「くそ! オレも野生の頃はボスとして10数頭の群れを率いていたけど、これほどのわがままなメスははじめてだぜ!」
「ああ、そうだろうな、わかるぜ、村上」
万田はうんうんと頷きながら、オレの愚痴を聞いてくれた。
しばらくの間「うん、そうだな、わかる、わかる」と穏やかな表情でオレの話を聞いていた万田だったが、「でもな、村上、ちょっとオレの話を聞いてくれるか?」と言うと、その顔が真剣なものになった。
「お前の気持ちはよくわかるぜ、村上。でも聞いてくれ、親友としてこれだけは言っておくぜ。……興奮してるやつに対してキレても、物事は何も解決しない。むしろそれは一番まずいやり方だ」
「一番まずい……?」
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「……………………」
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「なっ……!」
万田の言葉に、オレはハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けた。
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「村上」
頭の上から、万田の声が聞こえる。
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「……………………」
万田の問いかけに、オレは何も答えなかった。いや、答えることができなかった。何も言葉が出てこなかった。
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「心に——」
辛うじてつぶやいた。
「“愛”が……?」
「そうだ。全ての人間が、心にたくさんの“愛”を持って、相手を赦し、包み込んでやれば平和など簡単につくることができるんだ。なぜなら、“愛”は怒りや憎しみを溶かすパワーを持っているんだからな。人間どもは、それに気がついていないんだ」
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「人間は愚かだ。あの優れた脳ミソを誤ったことにしか使うことができない。なあ、村上——」
万田は鉄格子の間から手をのばしてきて、オレの肩をポンポンと優しく叩いた。
「オレたちマンドリルやお前たちマントヒヒは、いま自然界ではどんどんその数を減らし続けている。人間たちに自然を壊され、住む場所を失っているからだ。そのオレたちが、人間と同じようにくだらない感情に任せてケンカをするなんて、こんな馬鹿げたことは無いじゃないか」
「万田……」
オレは顔を上げ、万田の目を見た。
「……そうだな、万田……その通りだな」
万田は立ち上がると、鉄格子の向こう側からオレとかず子に向かって、大きな声で言った。
「村上! それにかず子! サルの種類なんて関係ない、オレたちはみんな仲間だ、そうだろう! オレのこのあふれる愛で、お前たちを赦し、包み込んでやる!」
かず子が叫んだ。
「っていうかマンドリルの分際でこっちの檻を見ないでもらいたいんですけどー!!!!」
「ンだとコラァ!!!! マントヒヒごときがマンドリルをナメんじゃねえぞ!! 絶滅させられてえのか、てめえら!!!!」
万田は鉄格子を両手で掴んでグイグイと揺らし、かず子と、そしてなぜかオレを激しく威嚇した。

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第26話 美人すぎる○○
あんたたちは「動物園でぜひ見たい動物は?」と聞かれたら、いったい何を思い浮かべる?
パンダ? ライオン? コアラ?
ふん、まあ、そんなところだろうな。

所詮、オレたちマントヒヒはマイナー動物だ。オレの檻の前が客で溢れかえることは無い。
でも、それはオレにとっては都合がいいことだ。おかげでオレは、うるさい人間どもの声に邪魔されることなく、物思いにふけることができる。
いまオレは、静かな檻の中で、“あの日”のことを思い出していた——。
「っていうかちょっとこれを見てもらいたいんですけどー!!」

ある日のこと。オレが朝のエサを頬張っていると、一緒に飼育されいるメスマントヒヒのかず子が、目の前に一枚の紙を叩き付けた。
おそらく雑誌かなにかのページを破ったものだろう。マナーの悪い人間がオレたちの檻の前に捨てていった雑誌、それをかず子は手を伸ばして拾ったのだろう。
「っていうかここに大変なことが書いてあるんですけどー!!」
かず子が興奮しながら指差したところには、こう書いてあった。
『美人すぎる○○ 特集』
“美人すぎる○○”……何のことだろうか、これは?
「なあ、かず子。何だこれ?」
オレが尋ねると、かず子は大声で喚き始めた。
「マジパネェんですけどー!! っていうかこんな所でじっとしている場合じゃないってカンジなんですけどみたいなー!!」
「お、おい、かず子! 落ち着けよ、いったい何だっていうんだ!?」
「どうした村上?」
左どなりの檻から声が聞こえてきた。

「いったい何を騒いでいるんだ?」
オレとかず子の騒ぎ声がとなりまで響いたのだろう、マンドリルの万田が鉄格子の向こうから声をかけてきた。
「ああ、万田。いや、かず子がこんなものをな……」
オレは万田の檻へと歩み寄り、かず子が突きつけてきた紙切れを鉄格子越しに万田に見せた。
「なになに、『美人すぎる○○特集』? ほほう……かず子もなかなかいい所に目をつけたな」
万田はそう言ってニヤリと笑った。
「万田、いったいこれは何のことなんだ?」
「何だ、知らないのか村上? いま人間の世界では『美人すぎる○○』が大ブームなんだぜ」
「大ブーム? なあ万田、教えてくれよ。『美人すぎる○○』って何だ? この『○○』っていうのは……」
「しょうがないな。いいか村上……」
鉄格子の前で腰を下ろし、万田は話し始めた。
「この『美人すぎる○○』の『○○』というところには人間の“職業”が入るんだ。“職業”ってのは“仕事”のことだな。わかるか?」
仕事——つまり人間どもの生活の中で、収入を得るために従事する事柄のことだろう。
オレは万田に向かって頷いた。
「よし、続けるぜ。——人間の世界には実に色々な職があるが、ルックスが優れているやつってのはアイドルやモデルなど自分の外見を売りにする職業に就くことができる。自分自身が商品ってわけだな。だが稀に、ルックスは全く関係のない職に就いているやつの中に、アイドルやモデル級のルックスをしているやつがいたりするんだよ。
で、売りにできるほどの外見をしていながら、華やかな世界ではなく地味な仕事に就いている——そんなやつのことを、どこかの誰かが『○○という職についているわりには美人だなあ』と言い出し、『○○のくせにルックスが美人すぎ』となって……いまでは『美人すぎる○○』と言われるようになったんだ」
「ふーん、なるほどな」
わかったような、わからないような……。
「……で、かず子はいったい何をあんなに興奮しているんだろうな?」
「村上、まったくお前は鈍いやつだな。かず子は、自分のことを『美人すぎるマントヒヒ』として売り出したいのさ!」
「な、何だって!? 『美人すぎるマントヒヒ』!?」
オレは驚いて振り返り、かず子(25歳、人間でいうと約60歳)の顔を見た。
「そ、そうなのか、かず子!?」
「っていうかこのブームに乗らない手はないんですけどー!」
かず子は目を爛々と輝かせている。
まさか『美人過ぎるマントヒヒ』とは……
オレは万田に向き直り、訊いた。
「なあ、万田。かず子を『美人すぎるマントヒヒ』として売り出して、世間は注目してくれるのかな? オレにはそんなこと想像もできないんだが……」
「可能性はあるな」
万田は言う。
「だいたい人間の世界でも、美人が就いている職業が地味であればあるほど、その“意外性”に、世間は面白がるんだ。意外性という意味では、『美人すぎるマントヒヒ』以上のものはなかなか見つからないと思うぜ、村上」
「そうなのか。でも万田……かず子って美人か? オレにはどうも、そうとは……」
「オレたちマンドリルとお前たちマントヒヒの美的感覚はちがうから、オレには何とも言えないな。でも、まあオレの目から見て、かず子が美人かどうかと言えば——」
万田はひょいと首を伸ばしてオレの肩越しにかず子を見ると、言った。
「……みすぼらしいただのサルだな。……でも村上、わからないぜ? 人間どもの美的感覚もまた、オレたちとはちがうからな」
「うーん……」
腕組みをしてうなっているオレの背中に向かって、かず子が吠えた。
「っていうかそこのサルども、とっととあたしを売り出せみたいなー!! 『美人すぎる○○』とか言われていい気になってる凡人たちに、“本当の美”というものを教えてやるみたいなー!!」
万田が言う。
「村上、かず子もああ言っていることだし、いっちょ売り出してみようぜ。うまくいけばマスコミがかず子を取材に来て、近くにいるオレたちも注目されるかもしれないぜ? そうなりゃ『美人すぎるマントヒヒ、かず子』『イケメンすぎるマンドリル、万田』『平凡でくだらないマントヒヒ、村上』として、ユニットを組んでCDデビュー、なんてこともあるかもしれないぜ!? ああ、夢が膨らむなあ!」
「平凡で……くだらない……? うーん……」
最後に少しひっかかるものを感じたがそれは飲み込み、オレは万田とともにかず子を『美人すぎるマントヒヒ』として売り出すことを決めたのだった——。
「っていうか、なかなかマスコミが来ないんですけどー! 百年に一頭の逸材であるこのあたしをどのように書き立てるか、マスコミが悩んでいるのをひしひしと感じるんですけどー!!」
あれから何ヶ月が経ったのだろうか……
かず子は、いつ来るとも知れないマスコミの取材を、今日も待っている。
「へっへっへっ……デビューが決まったら、真っ先にグラビアアイドルたちのメアドをゲットして——そうだ、写真週刊誌にだけは気をつけないといけないな、どこで写真を撮られるかわかったもんじゃない……」
万田の妄想は、この何ヶ月間、一度も止まらない。
そしてオレは——
こいつらよりは、現実を知っている。
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パンダ? ライオン? コアラ?
ふん、まあ、そんなところだろうな。

所詮、オレたちマントヒヒはマイナー動物だ。オレの檻の前が客で溢れかえることは無い。
でも、それはオレにとっては都合がいいことだ。おかげでオレは、うるさい人間どもの声に邪魔されることなく、物思いにふけることができる。
いまオレは、静かな檻の中で、“あの日”のことを思い出していた——。
「っていうかちょっとこれを見てもらいたいんですけどー!!」

ある日のこと。オレが朝のエサを頬張っていると、一緒に飼育されいるメスマントヒヒのかず子が、目の前に一枚の紙を叩き付けた。
おそらく雑誌かなにかのページを破ったものだろう。マナーの悪い人間がオレたちの檻の前に捨てていった雑誌、それをかず子は手を伸ばして拾ったのだろう。
「っていうかここに大変なことが書いてあるんですけどー!!」
かず子が興奮しながら指差したところには、こう書いてあった。
『美人すぎる○○ 特集』
“美人すぎる○○”……何のことだろうか、これは?
「なあ、かず子。何だこれ?」
オレが尋ねると、かず子は大声で喚き始めた。
「マジパネェんですけどー!! っていうかこんな所でじっとしている場合じゃないってカンジなんですけどみたいなー!!」
「お、おい、かず子! 落ち着けよ、いったい何だっていうんだ!?」
「どうした村上?」
左どなりの檻から声が聞こえてきた。

「いったい何を騒いでいるんだ?」
オレとかず子の騒ぎ声がとなりまで響いたのだろう、マンドリルの万田が鉄格子の向こうから声をかけてきた。
「ああ、万田。いや、かず子がこんなものをな……」
オレは万田の檻へと歩み寄り、かず子が突きつけてきた紙切れを鉄格子越しに万田に見せた。
「なになに、『美人すぎる○○特集』? ほほう……かず子もなかなかいい所に目をつけたな」
万田はそう言ってニヤリと笑った。
「万田、いったいこれは何のことなんだ?」
「何だ、知らないのか村上? いま人間の世界では『美人すぎる○○』が大ブームなんだぜ」
「大ブーム? なあ万田、教えてくれよ。『美人すぎる○○』って何だ? この『○○』っていうのは……」
「しょうがないな。いいか村上……」
鉄格子の前で腰を下ろし、万田は話し始めた。
「この『美人すぎる○○』の『○○』というところには人間の“職業”が入るんだ。“職業”ってのは“仕事”のことだな。わかるか?」
仕事——つまり人間どもの生活の中で、収入を得るために従事する事柄のことだろう。
オレは万田に向かって頷いた。
「よし、続けるぜ。——人間の世界には実に色々な職があるが、ルックスが優れているやつってのはアイドルやモデルなど自分の外見を売りにする職業に就くことができる。自分自身が商品ってわけだな。だが稀に、ルックスは全く関係のない職に就いているやつの中に、アイドルやモデル級のルックスをしているやつがいたりするんだよ。
で、売りにできるほどの外見をしていながら、華やかな世界ではなく地味な仕事に就いている——そんなやつのことを、どこかの誰かが『○○という職についているわりには美人だなあ』と言い出し、『○○のくせにルックスが美人すぎ』となって……いまでは『美人すぎる○○』と言われるようになったんだ」
「ふーん、なるほどな」
わかったような、わからないような……。
「……で、かず子はいったい何をあんなに興奮しているんだろうな?」
「村上、まったくお前は鈍いやつだな。かず子は、自分のことを『美人すぎるマントヒヒ』として売り出したいのさ!」
「な、何だって!? 『美人すぎるマントヒヒ』!?」
オレは驚いて振り返り、かず子(25歳、人間でいうと約60歳)の顔を見た。
「そ、そうなのか、かず子!?」
「っていうかこのブームに乗らない手はないんですけどー!」
かず子は目を爛々と輝かせている。
まさか『美人過ぎるマントヒヒ』とは……
オレは万田に向き直り、訊いた。
「なあ、万田。かず子を『美人すぎるマントヒヒ』として売り出して、世間は注目してくれるのかな? オレにはそんなこと想像もできないんだが……」
「可能性はあるな」
万田は言う。
「だいたい人間の世界でも、美人が就いている職業が地味であればあるほど、その“意外性”に、世間は面白がるんだ。意外性という意味では、『美人すぎるマントヒヒ』以上のものはなかなか見つからないと思うぜ、村上」
「そうなのか。でも万田……かず子って美人か? オレにはどうも、そうとは……」
「オレたちマンドリルとお前たちマントヒヒの美的感覚はちがうから、オレには何とも言えないな。でも、まあオレの目から見て、かず子が美人かどうかと言えば——」
万田はひょいと首を伸ばしてオレの肩越しにかず子を見ると、言った。
「……みすぼらしいただのサルだな。……でも村上、わからないぜ? 人間どもの美的感覚もまた、オレたちとはちがうからな」
「うーん……」
腕組みをしてうなっているオレの背中に向かって、かず子が吠えた。
「っていうかそこのサルども、とっととあたしを売り出せみたいなー!! 『美人すぎる○○』とか言われていい気になってる凡人たちに、“本当の美”というものを教えてやるみたいなー!!」
万田が言う。
「村上、かず子もああ言っていることだし、いっちょ売り出してみようぜ。うまくいけばマスコミがかず子を取材に来て、近くにいるオレたちも注目されるかもしれないぜ? そうなりゃ『美人すぎるマントヒヒ、かず子』『イケメンすぎるマンドリル、万田』『平凡でくだらないマントヒヒ、村上』として、ユニットを組んでCDデビュー、なんてこともあるかもしれないぜ!? ああ、夢が膨らむなあ!」
「平凡で……くだらない……? うーん……」
最後に少しひっかかるものを感じたがそれは飲み込み、オレは万田とともにかず子を『美人すぎるマントヒヒ』として売り出すことを決めたのだった——。
「っていうか、なかなかマスコミが来ないんですけどー! 百年に一頭の逸材であるこのあたしをどのように書き立てるか、マスコミが悩んでいるのをひしひしと感じるんですけどー!!」
あれから何ヶ月が経ったのだろうか……
かず子は、いつ来るとも知れないマスコミの取材を、今日も待っている。
「へっへっへっ……デビューが決まったら、真っ先にグラビアアイドルたちのメアドをゲットして——そうだ、写真週刊誌にだけは気をつけないといけないな、どこで写真を撮られるかわかったもんじゃない……」
万田の妄想は、この何ヶ月間、一度も止まらない。
そしてオレは——
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